楽しく易しくやったもん勝ち 🤗
あまりに切ない事があったので、今日は明るく楽しい話をして行きたいと思います。
勉強は得意な人も苦手な人も居ます。
勉強に限らず、人生何に於いても人それぞれ得意分野と苦手分野があります。
苦手分野には、文字通り苦痛が伴います。
そして人間誰しも見栄を張る時は多かれ少なかれあります。
極端過ぎると、それは虚栄心という言葉に変わります。
虚栄心の強い人は、自覚症状はほぼ無いようです。
だから、虚構と現実とのギャップを指摘されると、攻撃性を持って相手を傷付けてしまいます。勿論傷付けた自覚なんてありません。手強いです。良好な関係性を保つにはstressが掛かります。
虚栄心の強い人は、当然プライドが過剰に高いです。
異常なほど負けず嫌いです。周囲の目を常に気にしています。相手を褒める心の余裕などありません。自分本位です。常に自分が主役で無ければ気が収まりません。
私セリュー先生が手を焼くのは、これが生徒さんであり保護者様であった場合です。虚栄心を逆手に取り、巧妙に授業料を引き出し、気持ち良くさせて合格出来る出来る詐欺をしている他塾様も多いようです。「二月の勝者」さながら、最早虚構と現実の境目が分からない状況です。嘘のような本当の話です。
究極の実話を目の当たりにした結論としては、得意だろうが苦手だろうが、”楽しく易しくやったもん勝ち”という答えです。
奇跡・miracleは必ず起こせます❗️
それはこの目でたくさん見て来ましたから。
でもそれは決して魔法で起こしたものでは無いのです。
楽しく易しく考えて、地道に積み重ねた結果として、奇跡を起こそうと意気込んで起こしたのでは無く、気が付いたら起きていたのです。もし起こそうとして意気込んで結果を出したなら、それはもう奇跡とは言わないでしょう。自覚した努力です。
私の思う奇跡とは、期せずして訪れた好結果が、あぁ楽しく易しく繰り返していたら凄いパワーとして表れてしまったな、凄いな、頑張ったもんな、そりゃそうだよな、神様は良く見ていらっしゃるんだな、良かったな、本当に良かったな。そんな感じですね。
起こそうとして起こした好結果は奇跡とは呼びませんよね。
起こせるなんて想定もしていなかったから、驚き奇跡と呼べる訳です。そんな奇跡を私は奇跡と呼び、何十回と見届けて来た訳です。
プライドだけが物差しとなって生きている方々はいらっしゃいます。ある意味人間として正直な生き方なのかもしれませんが、positive imageのみで突き進んでしまうと客観的にものを見られなくなり、事故が起き易くなります。時には相手を傷付けます。自覚症状が無いので危険であり、周囲は距離を置き始めます。ここは”易しく”より”優しく”の方が重要かもしれません。
そんな事故を避けるためには、最悪の状況を把握してそれを受け入れる必要がありそうです。それを受け入れる事で、stressが和らぎ、flatな視点から状況を見直せるでしょう。
受験なんてものはただのプライド戦争、自己顕示欲を満たすためだけの戦い、自尊心を守るためだけの戦い、そうかもしれません。
虚栄心の強い人は、否定気味の指摘をされると過剰に反応してしまい、ありのままの自分を認められない、他者を敵視し食って掛かる、高いプライドが邪魔をしている、自分を過大評価している、それは劣等感やcomplexの表れでもあります。小さな自分を隠そうとして焦っています。本人も他者も誰もが得をしません。世間体を過剰に意識すると、自覚症状無くとんでもない暴言を吐いてしまったりします。要注意です。
保護者様の極端な虚栄心を見透かし、巧妙な罠を掛けて嘘を付き通し、受験が終われば知らんぷりの無責任な塾もあるようです。ドラマの世界だけの話ではありません。
結局は、目標を高く持って成功する人は、皆須く現状を冷静に分析出来ている人です。共通項は”楽しく易しく”を実践出来ている人です。これが”アーネストリーイズム”でもあります。